法話

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生きることの意味 〜50歳で末期癌と診断され、大学生の息子に看取られた母の心〜

 私は今日まで12年あまり長岡西病院ビハーラ病棟と云う主に末期癌の人が入院する病院の僧侶ボランティアとして関わってきました。朝のおあさじの読経と法話そして日常のお世話をする中で徐々に患者さんと心を開いて語り合えるようになりました。ところが患者の中に時々「死にたい」と訴える方がいます。私はその訴えの真意は何かをいつも考えます。多くの場合痛みが強い、身体が動かない、食事がとれないなど身体的苦痛によるものと、もう一つは迷惑ばかりかけて、何も役に立たない自分は生きている価値が無いという思いから死にたいと訴えるのです。しかし良く聞いてみるとどの患者さんも決して死にたくはないのです生きていたいのです。「死にたい」という言葉を通して私達に自分のさまざまな苦しみを訴えているのです。
 
 Aさんは五十歳の女性です。三月に子宮がんの手術を受け一時退院しましたが、七月に肺と骨髄に転移が見つかり末期ガンと宣告されました。身体的痛みが強く癌センターからビハーラ病棟へ転院してきました。痛みのコントロールの結果、暫くは痛みも取れ落ち着いた日々が続きました。当時大学四年生の息子さんが一年間大学を休学して母親の世話をしていました。彼は後半年すれば大学を卒業し、そして就職先も決まっていました。しかし自分を生み育ててくれた母の傍で最後の時を過ごすことを望んだのです。そのころ私はAさんと家庭の事や彼女が好きな山の話などをしました。しかしAさんは骨髄への転移によって徐々に下半身から麻痺が起こってきました。ベットから動く事が出来なくなり、おむつを当てなければならなく成りました。50歳の母が22歳の息子にオムツを代えてもらわなければならないのです。とても辛い日々を送っていた事だと思います。ある日、Aさんが私に「生きるって、とっても辛い事ですね」と訴えました。Aさんは決して死にたくはないのです、しかし何も役に立たないこんな身体で生きることにどんな意味があるかと私に尋ねていると思いました。
 多くの人は人生の価値を生産性や有用性で考えています、例えば仕事で社会の為・人の為に役だっている事に生き甲斐を見出します。さらにまた音楽や絵画などの芸術に触れて感動する、スポーツや趣味による充実感が生きがいになっている人もいます。また人との愛情や友情を支えに生きている人もいます。しかしAさんはもはや人の手を借りなければ何もできない、迷惑をかけるしかない自分を見つめたのです。テレビも外の風景を見るのも辛い状態ではものに感動する事も出来ません。そして息子が自分の犠牲になっている。こんな私は生きる意味があるのかと聞いているのでしょう。
 私は暫く彼女を見つめながら「寝たきりでも、何も出来なくても良い、生きていて欲しいと願う人がいます」また「私たちはこの身体全て頂いたものです、そして育てられてきたものです。いろいろな願いをかけられて生かされてきたいのちではないでしょうか。このいのちを一日一日大切に生きましょう」と語りました。私は自分の力で生きていると思っていますが、本当は多くのものに生かされて生きているのです。生きたくても寿命がくれば死んでいかねばなりません。死にたくても自分の自由にはならいのです。彼女は涙を流して頷きました。それから一月ほどしてAさんは亡くなられ静かな最後でした。Aさんが手を合わせ最後まで息子さんと共に精一杯生きられた姿を今も忘れることは出来ません。

 私達は自分の力で生きている、この人生は自分で築いて来たものだと考えています。しかしいのちあるもの全てに「阿弥陀如来の願い」がかけられているのです。その願いの中に生かされているのです。阿弥陀様はいつも私を理解し見守っていて下さいます。そして私に仏の願いに気付きなさいと呼んでいて下さいます。「南無阿弥陀仏」とは阿弥陀様が「いつでもどこでも誰でも必ず救う我に任せよ」と私達を呼び続けている呼び声です。この阿弥陀如来の願いに出会う時一人ではなかった、いつも仏様と共にあったと生き抜く事が出来る人生が開かれるのです。もちろん念仏に出会っても苦しみが無くなるわけでは有りません。人生は苦しみの多いところです。しかしお念仏出会った人は自分を見捨てることのない真実に抱かれて生きることが出来るのです。これからもお念仏のみ教えを聞かせていただきましょう。